日常の体験や思ったことつづりどころ
Posted by Hawaii Okinawa Jazz Band - 2007.10.05,Fri
ある音を聴いて身体がかってに動き出す。
数年前、友人のフラの発表会を観て、
その、
大らかで緩やかな動き、芯の通った強い感じ、伝わり来るイメージとしてのふくよかさに驚き、
心動き、フラを習い始めた。
幸い、ハワイから来た、心身共に安定したとてもいい兄弟に出逢えた。
男性なのに一度踊り始めると、そのしなやかさは美しく、たゆたっていて、
余りの自然さに、彫刻のように時間が止まっているように見えた。
わたしはギコチなくもがきながら、彼等の踊りを観る為だけにレッスンに通った。
そして、半年少々で断念した。
その時のわたしにはハイレベル過ぎた。
歓びを表情で表したり、仲間と場の温かさを共有したり、敬ったり、
なんとうか、”分かち合い”の心が自身にないことに気づいたからだ。
ひどく魅かれるのに、全くできなかった。
フラはテクニックとは別に、それらが命のようなものなので、(わたしはそう思う)
それができないわたしは集団の中で異物のように固まり続けた。
作り笑顔がどんどんひからびて悲しかった。
もっといろんな”殻”が解けたら、かならずまたやろうと思っている。
レッスンはカヒコと呼ばれる古典フラだった。
イプーという大きい瓢箪太鼓を手で叩いてとる単調なリズムと、唄に合わせて踊る。
そのシンプルさ故に、その表現力はうまければうまい程逆にどこまでも拡がってゆく。
自然を讃え、天と地を繋ぐダンス。
今日、安くなっていて手に入れたフラのCDの一曲目にカヒコの曲が入っていた(だから買ったんだけど)。
一音めを聴いた瞬間に身体がシュッと伸びて、踊る構えをとっていた。
下手なりにも一時繰り返し踊っていた型を身体が思い出し、
頭よりも先に反応した。
何だか嬉しかった。
ステップを全部憶え切る前に止めてしまったというのに、
身体は、一度憶えた動きを憶えていたのだ。
それだけ。
あと唯一身体に遺っている型は、高校時代の応援団の独特な動きくらいだろう。
二つとも貴重な型だ。
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数年前、友人のフラの発表会を観て、
その、
大らかで緩やかな動き、芯の通った強い感じ、伝わり来るイメージとしてのふくよかさに驚き、
心動き、フラを習い始めた。
幸い、ハワイから来た、心身共に安定したとてもいい兄弟に出逢えた。
男性なのに一度踊り始めると、そのしなやかさは美しく、たゆたっていて、
余りの自然さに、彫刻のように時間が止まっているように見えた。
わたしはギコチなくもがきながら、彼等の踊りを観る為だけにレッスンに通った。
そして、半年少々で断念した。
その時のわたしにはハイレベル過ぎた。
歓びを表情で表したり、仲間と場の温かさを共有したり、敬ったり、
なんとうか、”分かち合い”の心が自身にないことに気づいたからだ。
ひどく魅かれるのに、全くできなかった。
フラはテクニックとは別に、それらが命のようなものなので、(わたしはそう思う)
それができないわたしは集団の中で異物のように固まり続けた。
作り笑顔がどんどんひからびて悲しかった。
もっといろんな”殻”が解けたら、かならずまたやろうと思っている。
レッスンはカヒコと呼ばれる古典フラだった。
イプーという大きい瓢箪太鼓を手で叩いてとる単調なリズムと、唄に合わせて踊る。
そのシンプルさ故に、その表現力はうまければうまい程逆にどこまでも拡がってゆく。
自然を讃え、天と地を繋ぐダンス。
今日、安くなっていて手に入れたフラのCDの一曲目にカヒコの曲が入っていた(だから買ったんだけど)。
一音めを聴いた瞬間に身体がシュッと伸びて、踊る構えをとっていた。
下手なりにも一時繰り返し踊っていた型を身体が思い出し、
頭よりも先に反応した。
何だか嬉しかった。
ステップを全部憶え切る前に止めてしまったというのに、
身体は、一度憶えた動きを憶えていたのだ。
それだけ。
あと唯一身体に遺っている型は、高校時代の応援団の独特な動きくらいだろう。
二つとも貴重な型だ。
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